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霞間ヶ渓の伝承<霞間ヶ渓>

[2016年2月26日]

ID:577

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鎌ヶ谷から霞間ヶ渓へ

霞間ケ渓の遠景

鎌ヶ谷は昔から近隣の六つの村で、燃料の芝や薪、飼料・肥料用の草、用水の源として利用されてきました。
しかし一方では、土砂崩れなどをたびたび引きおこす谷でもありました。
草木を刈りすぎると地盤がゆるんで災害につながるので、地域の人々は草木の伐採を禁じる「鎌留め」を行ったり、堤防を築いて護岸にサクラを植えたりして、災害と闘ってきたのです。「鎌ヶ谷」という文字も、「鎌留め」に由来するとされます。

やがて鎌留めで保護された山に桜が繁殖し、春に花が咲くと、山に薄桃色の霞がかかったように見えるところから「霞間ヶ渓」と呼ばれるようになったといいます。

堤防の桜並木

堤防の桜並木の様子

谷の堤防沿いには護岸のために植えられた桜が並木となっています。
昭和51年(9.12水害の時)に、霞間ヶ渓が災害の危機に直面したことをきっかけに、昭和58年から63年にかけて谷の改修工事が行われました。災害防止のため、やむなく桜橋付近より東で並木桜の多くを伐採しましたが、工事後は桜の苗木を植栽し、並木の復活をめざしています。