あしあと
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稲葉氏は道貞(塩塵。天文7(1538)年没)以来西濃一帯に勢力を張った一族で、道貞は当町小寺に小寺城を築き、子の通則の代もこの城に住んだ。
大永5(1525)年、浅井・朝倉連合軍が美濃に侵攻した際、通則は土岐頼芸の指揮の下、一鉄を除く5人の息子と共に出陣、牧田(現上石津町)でことごとく討死した。
六男の一鉄は岐阜市長良の崇福寺に入っていたが、これを機に還俗して稲葉家を継ぐことになった。
一鉄は父の遺領を継いで曽根城(現大垣市)に住み、後に氏家卜全、安藤通足と共に美濃三人衆と呼ばれるほどの雄になる。
現在稲葉一族の墓所がある場所は、一鉄が牧田合戦で戦死した父兄6人と先祖の供養のため建立した養源院の跡地一画であると伝えられる。
墓所には稲葉家の祖塩塵、通則、その子通勝・通房、稲葉則弘等が奉られている。
他に母が一鉄の娘である国枝重元、稲葉通勝の妻(国枝宗竜の娘?)など稲葉家に関係する人物や、池田恒興の父恒利の墓、国枝重次(宗竜の兄弟)も厚く奉られている。
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