あしあと
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六之井閻魔堂は、現在正道寺山門脇にあるが、昭和22年以前は妙勝寺山門脇にあった。
この堂に納められている十王像群は、代々六之井村の庄屋を務めていた五十川家のある当主が江戸から持ち帰ったものと伝えられる。
五十川家で江戸在住歴のあるのは加藤次定森(延宝2(1674)年没)のみであることや、十王像の像容と技法などから、像が作成されたのは江戸時代前期の寛文年間(1661年から1673年)頃と考えられる。
後の明和2(1765)年、定森の孫正盛は閻魔堂を建立、地蔵菩薩像を加えて十王像群を安置した。
これは地蔵菩薩像の背面に刻まれた銘文から明らかである。
また、像に添えられた名札裏面の墨書により、像群が明治3年に仏師大垣利右衛門により修復を受けていることも知られる。
これらの像群は地蔵十王経に基づく冥界の姿を具体的に現したもので、地蔵菩薩像、十王像、倶生神像、奪衣婆像、鏡、秤など、一具が欠けることなく全て保存されてきた点で貴重である。
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